ドコモ・バイクシェアが8月24日、9月1日に予定していた新ブランド「NOLL(ノル)」への刷新、新型車両、新料金の導入を再び延期すると発表した。新たな実施時期は未定となっている。
NOLLへの刷新は当初5月1日に予定されていた。その後、延期を重ね、8月1日にサービス仕様を変更、9月1日にブランドや料金を刷新するスケジュールが組み直されていた。
そこに起きたのが、8月の大規模なシステム障害だ。
新システムへの切り替え後、8月初めから全国で自転車を貸し出せない、返却できないなどの問題が発生した。アプリに「システムエラー」が表示されるケースもあり、ドコモ・バイクシェアは翌4日午後、全国でサービスを全面停止した。
障害期間中の料金について、同社は最終的に正常に利用できたケースも含め全額返金すると発表した。サービスは地域ごとに順次再開され、全エリアが復旧したのは13日だった。
朝、駅から職場へ向かおうとしたら鍵が開かない。目的地に着いたのに返せない。あげくにサービスが突然の停止…。日常の足として利用している人にとっては、生活の計画そのものが崩れる。
それは鉄道トラブルとどれほど違うのだろう。
シェアサイクルは、まだ一企業が提供する「便利な民間サービス」としてだけ考えてよいのだろうか。
シェアサイクルは、すでに社会インフラではないか
東京では駅から目的地までのラストワンマイル、通勤、買い物、駅と駅の間の移動など、日常生活にシェアサイクルが入り込んでいる。
ドコモだけではない。HELLO CYCLINGは全国にポート網を広げ、LUUPも電動キックボードと電動アシスト自転車を展開する。都市部では複数のサービスを使い分けることも珍しくなくなった。
国土交通省もシェアサイクルを、公共交通の機能を補完する重要な交通手段と位置付け、行政の関与や支援の重要性を示している。
つまり、シェアサイクルはすでに一定の社会インフラなのである。
料金のベンチマークは「同業他社」だけでいいのか
そう考えると、料金を見る物差しも変わる。
東京広域のドコモ・バイクシェアは現在、最初の30分165円。延期された新料金では従来型自転車が10分99円、新型が10分120円となる予定で、30分なら297円、360円となる。
一方、LUUPやHELLO CYCLINGにもそれぞれ異なる料金体系がある。
しかし利用者が比べているのは「ドコモかLUUPか、HELLO CYCLINGか」だけではない。
地下鉄に乗るか。JRに乗るか。バスにするか。歩くか。それとも自転車にするか。
利用者が買っているのは「自転車を借りる30分」ではなく、「目的地まで移動する手段」だからだ。
ならば料金のベンチマークも、シェアサイクル業界の中だけに置く必要はない。鉄道やバスの運賃も比較対象として考えるべきだろう。
公共性を求めるなら、行政も責任を負うべきだ
一方で、社会インフラとしての責任を民間企業だけに求めるのも違う。
自転車を整備し、バッテリーを交換し、ポート間で車両を再配置し、システムを24時間維持するにはコストがかかる。「公共交通なのだから安く、絶対に止めるな」と民間事業者だけに要求しても持続可能ではない。
公共性を求めるのであれば、行政も責任を負うべきだ。
ポート用地を提供する。鉄道やバスとの接続を都市交通政策として設計する。災害時には移動インフラとして活用する。公共性を維持するために必要なら、一定の公費投入も検討する。
さらに進めば、民間の技術力や運営能力と行政の公共性を組み合わせた「第三セクター的」な運営も選択肢になり得る。
これはドコモに「値上げするな」と言っているのではない。
むしろ逆だ。
シェアサイクルを安価で安定した社会インフラとして維持したいのであれば、そのコストと責任を誰が負うのかまで議論しなければならない。
シェアサイクルは成功した(さすがはドコモブランド!)。
街にポートが増え、利用者が増え、いつの間にか「止まれば困る人がいる交通」になった。
だからこそ、料金も責任も運営の仕組みも、「便利な民間サービス」だった時代の延長線上だけでは考えられない。
今回の障害と移行延期は、そのことを考える一つのきっかけなのではないか。

