TBS日曜劇場「VIVANT」をめぐって、「考察疲れ」ならぬ「ガバガバ考察」が広がっているという。
「巨人の選手と同じ名字は味方、阪神選手と同じ名字は裏切り者」。そんな半ば大喜利のような考察まで登場しているというから、現象としてはなかなか面白い。
本気で伏線を追う人がいる。一方で、考察合戦そのものに疲れた人もいる。だったら今度は、精度など気にせず「ガバガバ」に考察して遊んでしまおう――。SNS時代らしいエンタメの二次的な楽しみ方ともいえる。
ところが、この現象を紹介した芸能記者の記事を読み進めると、どうにも妙なところへ着地する。
「本気で考察する。ガバガバ考察で遊ぶ。ただただ見入る。サラッとチェックする。一切見ない」
そして結論は「無理なく、好きなように」。
いや、知ってます。
ドラマくらい好きなように見ます。
さらに記事は、作品が人を選別したり、マウンティングの道具になったりすることについても警鐘を鳴らす。
言っていること自体は間違っていない。考察を楽しむのも自由なら、考察しないのも自由。当然である。
ただ、だからこそ読後に「この記事は結局、何を言いたかったのだろう」という疑問が残る。
「ガバガバ考察」という面白い現象を見つけたのなら、なぜそんな遊びが生まれたのか、テレビとSNSの関係がどう変化しているのかまで掘ればいい。
ところが最後は、芸能記者が一段高いところから「エンタメは好きなように楽しめばいい」と視聴者を諭す。
この構図には、昔ながらの芸能記事の匂いを感じてしまう。
かつて芸能記者は、芸能界の内側を知り、その世界を読者に「教える」存在だった。しかし今や視聴者はSNSで勝手に情報を集め、勝手に考察し、勝手に新しい遊び方まで生み出している。
そこに後からやってきて「好きなように楽しみましょう」と言われても、読者としてはこう返したくなる。
あなたに言われなくても、最初からそうしてますよ。
参照記事:「圧倒的速度と濃度で引っ張る『VIVANT』。“考察疲れ”が生んだ“ガバガバ考察”というフェーズ」(Yahoo!ニュース エキスパート)

